「智恵子抄」 高村光太郎の詩

私が中学生の頃好きだった詩人、高村光太郎。

狂った妻、智恵子をまっすぐに見つめて共に生きる彼の世界は、不思議な感じですごく惹かれたなー。

風にのる智恵子

狂つた智恵子は口をきかない

ただ尾長や千鳥と相図する

防風林の丘つづき

いちめんの松の花粉は黄いろく流れ

五月晴(さつきばれ)の風に九十九里の浜はけむる

智恵子の浴衣(ゆかた)が松にかくれ又あらはれ

白い砂には松露がある

わたしは松露をひろひながら

ゆつくり智恵子のあとをおふ

尾長や千鳥が智恵子の友だち

もう人間であることをやめた智恵子に

恐ろしくきれいな朝の天空は絶好の遊歩場

智恵子飛ぶ

値(あ)ひがたき智恵子

智恵子は見えないものを見、

聞えないものを聞く。

智恵子は行けないところへ行き、

出来ないことを為(す)る。

智恵子は現身(うつしみ)のわたしを見ず、

わたしのうしろのわたしに焦がれる。

智恵子はくるしみの重さを今はすてて、

限りない荒漠の美意識圏にさまよひ出た。

わたしをよぶ声をしきりにきくが、

智恵子はもう人間界の切符を持たない。

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