七五三

11月も残るところあと2日。いろいろ楽しいこと、どきどきすること、ありました。

追ってゆっくりと、、、。

今月は10日から4泊5日で「七五三」帰省しました。仲良しのうみちゃんとは夏以来の再会で、今回ジョイント七五三。 彩の着物は彼女のおばあちゃんが選んでくれた素敵な絞りの古典柄。 うみちゃんは「これがいい!」と自分で選んだそう。 どちらもよく似合ってるね。

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おばあちゃんの提案で、今回は神社でなく、神仏混淆(しんぶつこんこう)(神仏習合ともいう)で、浅草の浅草寺へお参りした。 観音様とのつながりができたことをお坊さんがお話してくれて、お札のほかにお守りもいただいた。

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ウィキペディアの七五三のページには、こうある。二人とも、こうして7歳まで無事に生きて育ってよかったね~。

以下、抜粋。

旧暦の15日はかつては二十八宿の鬼宿日(鬼が出歩かない日)に当たり、何事をするにも吉であるとされた。また、旧暦の11月は収穫を終えてその実りを神に感謝する月であり、その月の満月の日である15日に、氏神への収穫の感謝を兼ねて子供の成長を感謝し、加護を祈るようになった。

近世までの日本は、現在の開発途上国と同様の状況(栄養不足・健康への知識不足・貧困など)が原因で乳幼児が成人するまでの生存率はきわめて低く、その様な事から乳幼児の生存を祝う節目として定着した。

障害者を間引く為の期間でもあり、「七歳までは神のうち」という考え方と結びついていた。また、これに逆らう家の子は神隠しとして処理された。

近代以前は疫病や栄養失調による乳幼児死亡率が高く、数えで七歳くらいまではまだ人としての生命が定まらない「あの世とこの世の境いに位置する存在」とされ、「いつでも神様の元へ帰りうる」魂と考えられた。そのため、一定の成長が確認できるまでは、人別帳にも記載せずに留め置かれ、七歳になって初めて正式に氏子として地域コミュニティへ迎え入れられた。

********************************************************************半年違いで生まれ、姉妹のように一緒に成長してきたうみちゃんと、7歳のお祝いを一緒にできてよかったな。

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